「座る気分」というものの把握について

2011.12.23

「グルグル椅子」は修理が終ってわが家の居間に帰ってきた。ちなみにこの修理には回転機構の金物を特注でつくり直したためもあって3万円ほどを要したが、これでぼくの指定席が復活したと思えば決して高くはない。この椅子は無名の国産品でもぼくには結構な座り心地なのだが、そこには長年の親しみからくる感傷の美化作用も働いていて、かなり点が甘い描写になっているかも知れない。仮にこの椅子が修理不可能であったとして、今ぼくが新しく「私の椅子」を求めて、そこにあるだけでおのずから自分の座が定まり、座っていると何とかく落ち着いた気分になる、という条件を満たす椅子を探すとするなら、どうしても欧米の製品に目が向いてしまうだろう。

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これは欧米には「ただ居ること」がただちに「椅子に座ること」であるという生活の長い歴史があるのに対し、日本のメーカーやデザイナーは椅子に人間工学的に優れた機能を与え、かつ美しい形を生みだせても、それらが一体となった「座る気分」というものの把握についてはいまだ彼らに一歩及ばないからではないだろうか。